思い

私が若い時に働いていた職場で、ある同僚が一人の上司を凄く嫌っていた。私はその同僚よりも後でその職場に仲間入りしたため、そもそも何故その同僚がその上司を嫌っていたのか詳しくは知らなかったが、さしずめ、評価に値しない部下が自分を評価してくれない上司に腹を立てていたというところだったと思う。

その同僚はある時こんなことを言っていた。「人は強く念じ続ければ、必ず作用する。だから自分は、あの上司が辞めるよう念じている」私はその言葉を聞いた時、何だかワラ人形に釘を打ちつけて相手を呪うのと同じことのような気がして気持ちが悪かった。

そしてしばらく後に、その上司は少しずつ体調を崩していき、しまいには仕事を辞めて職場を去って行った。

確かに彼の念が通じたのだろう。人の思いが現実化するというのは本当だと思う。それも負の方向には比較的成就し易い。


私が学生時代に親元を離れて暮らしていた頃のある日、湯を沸かしたやかんをひっくり返してしまい、足に熱湯がかかり火傷をしてしまったことがあった。薬もなかったが、夜中だったのでどうすることもできず、洗面器に入れた水に足を浸けてしのごうとしていたが、ヒリヒリとした痛みが止むことはなく、朝まで寝れずにいた。

すると早朝に、千キロ以上離れた実家の母親から電話があり、「あんたどうかした?」と尋ねられた。私が「夜中に足を熱湯で火傷した」と言うと、「やっぱり。あんたが痛い痛いって苦しんでいる夢を見たのよ」と母が言った。私が「大した火傷じゃないけれど、もう何時間も痛みが取れない」と嘆くと、母親は「なんでもいいから、サラダ油でもいいから油を塗りなさい」と教えてくれた。

それで私は(今では覚えていないけれど)なんかしらの油を火傷した足に塗った。するとびっくりするくらいに痛みは和らぎ、それから数時間の眠りにつくことができた。

確かにテレパシーのようなものが通じたに違いなかった。人の強い思いは空間上の距離に関係なく、瞬時に相手に伝わるのだ。


私たち人間は、いつしか忘れてしまったのか、それとも開発途上なのかはわからないが、確かに「思い」の伝達や作用という摩訶不思議なようで実はごく当然な現象手段を持っている。